最近はほんの少しだが、足首の背屈可動域が広がってきた感覚がある。
何も考えず、無意識に走れる日がまた来てくれることを願っている。
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| アンジー15歳の誕生日 |
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| 頑張って歩いてる |
最近はほんの少しだが、足首の背屈可動域が広がってきた感覚がある。
何も考えず、無意識に走れる日がまた来てくれることを願っている。
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| アンジー15歳の誕生日 |
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| 頑張って歩いてる |
片足カーフレイズや中臀筋のエクササイズを継続しながら、再発防止と違和感の完全消失を目指している。
一方で、左足の中足骨骨頭痛については、引き続き足首の柔軟性改善にフォーカスしている。とにかく暇さえあればケアをする日々だ。
最近、生成AIに自分のランニングフォームの写真を見てもらったところ、かなり納得感のある指摘を受けた。
これまで「母趾球で蹴る」ことを強く意識しすぎていた結果、足を“こねる”動作が入り、
ニーイン → 土踏まずが潰れる → 中足骨への負荷増大
という流れが起きていたらしい。
それを修正するために、
小指球・母趾球・踵の3点で支える意識(面で捉える感覚)
を持つようにしてみた。
足首の柔軟性自体はまだ十分ではないが、この接地意識を変えただけで、ジョギング時の中足骨の痛みが悪化しにくくなってきた。まだ完全ではないものの、ようやく改善の方向性が見えてきた感覚がある。
現状の練習量は、ピーク時と比べるとまだ1/3以下といったところ。無理はせず、ZWIFTを織り交ぜながら徐々に戻していくつもりだ。
暖かくなったら八ヶ岳でロードバイクにも乗りたい。今年は時間を確保して、しっかり山岳コースを走る予定。
リハビリとフォーム安定のために、アシックスのニンバス28を購入した。
いわゆるクッション系のシューズで、スロージョグやロング走を楽にこなせることを期待していたのだが、実際に走ってみると印象が違った。
思ったより柔らかくない。足音がうるさい。そして重い。
正直「合わないかもしれない」と感じた。
ただ、いろいろ試しながら走り方を調整していく中で、“ハマるポイント”を見つけた。
重心をやや前に置き、ピッチを少し上げる。
この意識で走ると、自然と前足部で接地できるようになり、一気に感覚が変わった。
それまで気になっていた足音も消え、シューズのクッションも「フカフカ」に感じられる。
おそらく、適切な位置で接地できるようになったのだと思う。これは一つの進歩だ。
今朝は目黒川沿いを、花見がてら軽くランニングした。
川に枝垂れる桜が印象的な場所だが、今年は枝が大きく剪定されていて、少しスケールダウンしたように見えた。それでも、季節の空気は十分に感じられるが。
夜や週末は間違いなく混雑するだろう。桜を見るというより、人を見に行くような状態になるはずだ。
まだ静かな時間に走りながら眺めるくらいがちょうどいい。
エコー検査、レントゲンに加え、歩行の動画撮影まで行い、かなり丁寧に状態をチェックしてくれた。
まずエコーの結果から言うと、神経腫は確認されず、モートン病ではないとのことだった。
問題は足首の硬さ。
特に背屈(足首を前に曲げる動き)がほとんど出ておらず、その結果として中足骨にダイレクトに衝撃が入り、負担が集中している可能性が高いと言われた。
左足首が硬いこと自体は以前から自覚があった。スポーツマッサージでも「足首周りの筋肉が緊張して距骨の滑りが悪く、その影響で中足骨にダメージが出ているのでは」と指摘されたことがある。
実際に歩行を見てもらうと、
「パタパタと足をつく歩き方で、身体が後傾している。足がローリングしていない」
と指摘された。
本来の歩行やランニングでは、足裏の荷重は
踵 → 外側 → 母趾球 → 親指
という順番で移動していく。いわゆる足裏の「ローリング」だ。
しかし足首が硬いとこの動きが出ない。
足首が背屈しない
→ 足裏が転がらない
→ 前足部にドンと荷重がかかる
→ 中足骨骨頭痛
という流れになるらしい。
この病院でもインソールを勧められたが、それは断った。これまでにもいくつか作ったことがあるし、インソールは治療ではなくあくまで補助的なものだと思っているからだ。
結局、やるべきことはシンプル。
ふくらはぎ、特にヒラメ筋の柔軟性をとにかく改善すること。
これに尽きると言われた。
自費でさらに詳細な歩行解析もできるとのことだったが、まずは自分でできることをやってみてから考えようと思う。
ちなみに今回のレースで一番ダメージが大きかったのは前モモ(大腿四頭筋)だったが、それも足首の硬さが原因だと言われた。
足首が曲がらない
↓
膝が前に出ない
↓
身体が後傾になる
↓
四頭筋でブレーキをかける
↓
前モモ死亡
実際、レース写真を見ても顎が上がり、身体が後傾して前方で着地しているフォームになっていた。
なるほど、すべて辻褄が合う。
忘れないように、AIにも整理してもらった内容をメモしておく。
通常の歩行・ランニングでは
踵 → 外側 → 母趾球 → 親指
と体重が移動していく。
しかし足首が硬いと
・足首背屈が出ない
・足裏が転がらない
・前足部に荷重集中
→ 中足骨骨頭痛
① ヒラメ筋リリース(毎日)
フォームローラー or ボール
ふくらはぎ下半分
60〜90秒
膝を前に出すときに
足首の前を手で軽く押す
すると距骨が後ろに滑る。
③ ヒラメ筋ストレッチ
膝を曲げた状態で
30秒 × 3セット
とりあえずしばらくは、走るよりも足首の可動域改善が最優先になりそうだ。
もし足首が正常に動くようになったら、今までとは違う走りになるかもしれない。
そう思うと、少し楽しみでもある。
スタート地点が自宅から近いのは本当にありがたい。ゆっくり準備をして、餅を食べ、トイレを済ませ、6時半前に家を出た。
会場には6時45分頃到着。ゲートオープンは7時なのでしばらく待つことに。すでに多くのランナーが集まっていて、中にはランニングシャツに短パン姿の猛者もいる。気温はおそらく10℃前後。自分は長袖シャツにセーター、その上にダウンという重装備だ。
セキュリティチェックを終えるとやることがない。都庁の建物で風の当たらない場所を選んで待機。整列は8時45分なので時間を持て余す。次回があるなら、もう30分遅く来てもいいだろう。
ペットボトルの水は没収されるが、会場内で水やポカリを配ってくれるので水分は十分。トイレも思ったほど混んでおらず、5分ほどで済んだ(小だったのもあるが)。
荷物を預け、スタート地点には40分前に整列。寒くないのは本当に助かる。ただ、日中は17℃近くまで上がる予報。水分補給は重要だ。
スタート前は100円ポンチョとサバイバルシートを羽織る。このシートが想像以上に暖かい。次回も必ず持参しよう。
9時10分にエリートがスタート。Cブロックの自分がスタートラインを越えたのはその約2分後。かなりの渋滞だが、想定内。今日は「絶対に飛ばさない」と決めている。流れに任せて淡々と入る。
左中足骨の痺れはスタート直後からある。それでも呼吸は楽で、「今日は行けるかもしれない」と思える感覚。ペースはキロ4分30秒以上。抑えられている。
2km過ぎから徐々に前が開け、少しずつペースアップ。ただし4:15/kmより速くならないよう意識する。だが実際は4:00になったり4:20になったりと上下動が大きい。ここは反省点だ。
5km通過は21分55秒。予定より15秒遅い。わずかな差だが少し焦る。それでも「ここから4:15で巡航すれば問題ない」と自分に言い聞かせる。
市ヶ谷付近で妻とガリさんが応援しているはずだったが見つけられず。人が多く、中央寄りを走っていたのも原因だろう。
15kmまでは順調。補給も7kmと14kmで予定通り。体もまだ余裕がある。
しかし20km付近から左中足骨の痛みが強くなり始める。ラップも徐々に落ちていく。
ハーフ通過は1:30:46。想定より1分以上遅い。だが、上げたくても足が動かない。ジンジンとした痛みが広がる。
25km地点。リタイアが頭をよぎる。
六大マラソンでなければ、間違いなくやめていた。まだ妻にも会えていない。どこで会えるかわからないが、歩いてでもゴールしようか。
歩き出しそうになったその瞬間、ガリさんの声援。場所は蔵前あたりだったと思う。もう正確な場所も覚えていないが、確かに救われた。
次の給水所で立ち止まり、ロキソニンを水で流し込む。すぐに効くわけではないが、補給のたびに少し止まって足を休め、再スタートを繰り返す。
30kmを過ぎたあたりから、わずかに楽になる感覚。3時間20分のペーサーにも抜かれ、ワースト更新は確定。それでも不思議と前向きな気持ちが戻ってきた。
「また走れている。」
その事実のほうが大きかった。できる限り腕を振り、前へ進む。
大門付近でようやく妻に会えた。ラスト5kmは痛みはあるものの、見慣れた景色の中を走る安心感があった。沿道のボルテージも最高潮。最後は楽しい気持ちでフィニッシュできた。
25km地点では本気でやめようと思った。怪我ばかりで、痛い思いをして、何が楽しいんだと。もうランニングをやめようとすら考えた。
それでも、ゴールした瞬間、また走りたいと思っていた。
今回は年末の怪我以降、まともな練習はほとんどできていない。結果は仕方ない。ただ、治療とリハビリのおかげで右足の腓骨筋腱炎がレース中に再発しなかったのは大きな収穫だ。
次は左中足骨をしっかり診てもらうつもり。完治させたいな。
痛みなく、最後まで一定ペースで走り切れたら、どれだけ気持ちいいだろう。
この景色を見るために、まだまだ挑戦したい。
前回の投稿から11日。この間はとにかく「痛みと違和感を取ること」を最優先に過ごしてきた。ランニングはわずか3回、合計でも25kmに満たない。走力を積み上げる期間ではなく、あくまで“整える”時間。その代わり、ZWIFTで心肺機能だけは落とさないように努めた。
右足の腓骨筋腱炎はほぼ回復。これで出走は可能と判断した。一方で、左足の中足骨の痛みは慢性化しており、歩いているだけでも違和感が出るレベルだ。ただ、シカゴマラソンでは同じような状態でもギリギリ走り切れた。今回も何とか持ってくれることを祈るしかない。
今年に入ってから、レベルアップのための練習はほぼできていない。正直、PB更新はかなり厳しい状況だと思う。それでも、今回は明確なテーマを持って臨みたい。
「マイペースで刻むこと。」
これまでの3レースは、自分より走力の高いガリさんについていく作戦。しかし結果は毎回同じ。前半オーバーペース → 後半大失速。わかっていても止められなかった。
今回は違う。
東京マラソンの目標ペースは、ChatGPTがかなり現実的(かつ厳しめ)に設計してくれた。メッセージはシンプル。
「絶対に飛ばすな。」
5km:21:40
10km:43:00
15km:1:04:15
20km:1:25:30
ハーフ:1:29:40
25km:1:46:55
30km:2:08:10
35km:2:29:30
40km:2:50:50
ゴール(42.195km):2:59:30
0–5km:21:40(4:20/km)
5–10km:21:20(4:16/km)
10–15km:21:15(4:15/km)
15–20km:21:15(4:15/km)
20–25km:21:25(4:17/kmでもOK)
25–30km:21:15(4:15/km)
30–35km:21:20(4:16/kmでもOK)
35–40km:21:20(4:16/kmでもOK)
40km–ゴール(2.195km):9:05(約4:08/km)
👉 合計:2:59:30前後
スタート直後は間違いなく渋滞する。だから焦らなくていい。むしろウォーミングアップだと思え、と。
今回は誰かについていくのではなく、自分の感覚、自分のリズム、自分の計画で走る。
目標はサブ3。でも本当のテーマは「崩れないこと」。
ここまで積み上げられなかったからこそ、当日は冷静に、淡々と。
あとはスタートラインに立ち、静かに刻むだけだ。
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| しかも時計と同じ腕につけてしまった |
そこからは焦らず、慎重に。距離もペースも抑えながら少しずつ積み上げ、先週末、ようやくジョグペースで20kmまで戻すことができた。正直、ここまで戻せたことに一安心している。
東京マラソンまで、あと2週間。なんとかスタートラインには立てそうだ。今さら劇的なパフォーマンス向上は望めない。だからこそ欲張らず、怪我をしないことを最優先に、軽めの調整でコンディションを整えていこうと思う。
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| シューズは安定感のあるアドレナリンGTS25 |
一方で、左足の中足骨骨頭痛については、ひとつの仮説が見えてきた。どうやらシューズの靴紐をきつく締めすぎていたことが、一番の要因だったのではないか。試しに写真のように、つま先側の最初の穴には紐を通さず、足先を少しフリーな状態にしてみたところ、痛みがかなり緩和された。
長い距離を走った際にどう影響するかはまだ未知数だが、少なくとも20kmまでは問題なかった。小さな調整ではあるけれど、自分の身体に合うポイントを一つずつ探していくしかない。
本番まであとわずか。できることは限られているが、今のベストを尽くせるよう、静かに仕上げていきたい。
シカゴマラソンを終え、体のダメージが思ったより少ないのをいいことに、練習の負荷を上げていた。
実はその頃から右足首の痛みが少し再発していた。
正確に言うと、常に痛みはあったものの、悪化はしていない状態が続いていた、という感じだ。
ただ、気づけば自然とびっこを引いて歩いていた。
12月に入りトラックでの練習を増やし、
「これはサブスリー行けるなぁ」と思ってしまい、年末のByondレースに申し込んでしまった。
12月29日のレースに向けた最終調整として、12月20日にガリさんとトラック練習。
その時も片足を引きずりながら負荷をかけ、途中で麻痺しては「大丈夫」を繰り返していた。
翌日はトレッドミルで負荷をかけられるくらい、足首以外は絶好調だったのだが──。
いよいよ普通に歩くだけで痛みが出るようになり、スポーツマッサージへ。
状態を見てもらうと
「3日間休んでダメだったら、レースはキャンセルしましょう」
と言われた。
そして3日が経過しても、あまり状況は変わらなかった。
「こりゃまた寝正月だわ〜」と凹みつつ、
チャットGPTに症状を伝えて相談してみたところ、
「腓骨筋腱炎です。2週間は走ってはいけません。」
と診断される。
普段はイケイケなアドバイスをくれるのに、今回は完全に運動否定。
さすがにこれは従うことにした。
それからは毎日状態を伝え、リハビリメニューを作ってもらい、実践。
とにかく「右足首の安定を体に覚え込ませること」が大切だと。
時には愚痴も聞いてもらい、励ましてもらいながら続けた。
我慢できず、ZWIFTも再開して有酸素運動で気晴らしをしている。
そしてようやく、10分間走れる状態になったのが1月14日。
3週間以上かかって、ようやくだ。
いつもなら、間違いなくもっと早い段階でランニングを再開していただろう。
今日の10分を終えた時点で、翌日のメニューはこんな感じ。
明日どうする?
明日も走れるなら👇
🟢 トレッドミル or 外で10分
条件:今日と同じか、さらに楽
ペース:E(10km/h以下でもOK)
傾斜:0.5〜1%
👉 同じ10分を「2回成功」させる
これができたら👇
15分に進んでOK。
10分ランを
・2〜3回
・違和感0〜1で成功
・翌朝も0
👉 これが揃えば、次は15分連続。
・腓骨筋腱炎:ほぼ完治レベル
・足首前のトラブル:解消
・左中足骨・足底腱膜:コントロール下
・走りの感覚:かなり良い状態
東京マラソンまで50日ある中で、
ここまで「ゼロ違和感」を作れたのは大きな前進。
この感覚を、
今日のうちに「もっと欲しくなる」のが一番危険です。
今日は
「最高だった」で終えてください。
そして、1月の終わりに予定していた勝田マラソンは、もちろんキャンセルすることにした。
ここで無理をしてすべてを失うより、ちゃんと治すことを選ぶ。
目標はひとつ先。
3月1日の東京マラソンに、なんとか間に合わせたい。
スタートラインに「走れる体」で立てることが、今の最優先事項だ。
まだまだ続きそうだ。
4か月前に比べると、体重は59.6kgから60.9kgへと1.3kg増加。
筋肉量は50.2kgから52.6kgへと2.4kgも増えていた。
正確な数値というより傾向を見ていくものだけど、こうして伸びているのが確認できるのは励みになる。
先生からは「基礎代謝量も1600に近く、20代並みですよ。アスリートみたいですね!」と嬉しい言葉。
体の動きや安定感でも変化を感じている。
ChatGPTに相談したところ、今の体重・筋肉量・体脂肪のバランスは理想的とのこと。
これ以上体重を増やすのはマラソンにとってはデメリットになる可能性があるが、
逆に減らす必要もないらしい。体脂肪も無理に削る必要はなく、
「今の生活リズムを維持するのがベスト」とのアドバイスだった。
なので、筋トレは“維持”を目的にして、これ以上の負荷アップはやめようと思う。
ベンチプレス 47.5kg × 10回 × 3セット
懸垂 10回 × 4セット
サイドレイズ 7kg × 15回 × 3セット
ショルダープレス 10kg × 15回 × 3セット
上腕三頭筋ケーブル(正式名称忘れた)
腹筋ローラー 40回
ブルガリアンスクワット 30回 × 3セット
前日は20時に就寝。しかし目が覚めたのは深夜0時半。そこから再び眠ることができず、結局4時には起き上がり、レースの準備を始めた。
朝食は日本から持参したお粥、バナナ、ウイダーインゼリー、そしてガリさんにもらった味噌汁とワラビート。ホテルから会場までは徒歩10分ほどと近く、5時半近くまでゆっくり過ごしてから会場へ向かった。
外はまだ真っ暗で、ようやく明るくなり始めたのは7時ごろ。気温はさほど低くなかったが、待機時間が長いため、パーカーとスウェット、そしてNYで手に入れた厚手のポンチョを羽織って寒さをしのいだ。トイレは空いているうちに早めに済ませておく。
今回はガリさんと同じコーラルCからのスタート。スタート地点は混み合っていたが、走り出してしまえば広い道でストレスはなかった。
今回も作戦はシンプル。「序盤はガリさんについていく」。ただし、彼は自己ベスト(2時間55分切り)を狙うペース。最初から最後まではついていけないとわかっていたので、無理そうならすぐに自分のペースへ切り替えるつもりだった。
5kmまでは順調。少し遅めの入りに感じたが、そこからガリさんがスッとペースを上げる。ついていくこともできたが、「これは42kmはもたない」と判断し、少し距離をとって追う形に。15km地点まではサブスリーペースを上回る快調な走り。
ハーフ通過は1時間28分58秒。まだサブスリー圏内。しかしこのあたりから胃がムカムカして、頭がぼんやりしてきた。
中足骨の痛みも序盤から続いていたが、金沢マラソンの時のように「止まりたくなるほど」ではないのが救いだった。
30km通過時の5kmラップは21分32秒。サブスリーペース(21分15秒)を下回り、じわじわとペースが落ちていく。前半の貯金でなんとかサブスリー圏内にはいるが、「このまま維持できるか」と問われれば自信はなかった。
それでも4分30秒/km以内をキープしようと必死に脚を動かす。35kmを過ぎるとタイムを見るのをやめた。時計が気持ちの足枷になると感じたからだ。
残り2マイルがとにかくきつい。脚が動かず、手を振ることで無理やり体を前へ進める。ラスト1マイルでは気力すら薄れ、残り300mの登りで心が折れかけた。それでも前へ。フラフラになりながらゴールラインを越える。
手元の時計を見ると「3時間2分台」。思っていたよりも早かった。心の底からホッとした。
前回の金沢マラソン(2024年10月)から7分12秒短縮し自己ベスト更新。
中足骨骨頭痛を抱えながらも、限られた練習の中でここまでの結果を出せたのは大きな収穫だ。走り終えてもダメージはほとんどなく、痛みのある箇所以外はすぐに回復。
何より「痛みと付き合いながら最後まで走り切れたこと」が嬉しかった。リハビリやフォーム改善の試行錯誤を続けてきた成果を感じた。
次戦は1月末の勝田マラソン。
今回は序盤からペースを上げすぎた反省を踏まえ、一定のリズムを保ち、後半も落とさず走る「計画的なレース」を目指したい。
フルマラソン3戦目となった今回も30km以降で失速したが、それも含めて楽しかった。何より、今回もガリさんと一緒に走れたことが大きな励みになった。
そして今シーズン最大の目標、東京マラソンでのサブスリー達成へ。
その一歩として、シカゴの街で刻んだ3時間02分52秒は、確かな自信になった。
一緒に走ったガリさんは、見事2時間55分台で自己ベストを更新。
このシカゴマラソンをもって、6大マラソン(ワールドマラソンメジャーズ)を全て制覇し、記念メダルを手にした。
隣でその瞬間を共有できたことは、今回のレースをより特別なものにしてくれた。
まだ「中足骨骨頭痛」という爆弾は抱えたままではあるが、これまで多くの方からアドバイスをいただき、取り入れてきたケアやトレーニングのおかげで、以前悩まされていたシンスプリントや足首痛、踵の痛み、股関節の違和感などは、長時間・高負荷の練習でもほとんど再発しなくなってきた。
月間走行距離だけを見れば、昨年よりも少ない。ただ、初マラソンだったNYCや昨年の金沢の頃に比べれば、明らかに故障リスクは減ってきている。量より質を意識するようになったのも大きいのかもしれない。
シカゴマラソンまで残り1ヶ月少々。できることなら中足骨の痛みが完全に消えていてほしいが、それは欲張りすぎかもしれない。少なくとも、本番でペースを落とさず42.195kmを走り切れる状態に仕上げたい。
そして、嬉しいニュースもひとつ。東京マラソン2026に当選した。シカゴが終わっても次の目標があると思うと、気持ちが前向きになれる。怪我と付き合いながらではあるけれど、長く楽しく走り続けたい。
久しぶりの日記更新。ここしばらくの出来事を備忘録的に残しておきたい。
インソールを新しくしたことで、中足骨骨頭痛(モートン病)が多少改善され、その他の痛みもほぼ解消。まだ完全とは言えないものの、以前のようにランニングを楽しめる時間が戻りつつある。やはり痛みなく走れるのは、何よりありがたいと実感している。
走れないストレスを紛らわせるために再開したZWIFTだったが、今はやはりランニングへの意欲の方が上回ってきており、バイクに乗る機会が自然と減ってきたため退会することにした。
代わりに――というわけではないが、エニタイムフィットネスに入会。入会から約2ヶ月が経ち、今のところ週3〜4回のペースで通っている。家の近く、会社のそば、ランニング途中の店舗、茅野の店舗など、あらゆる場所にスマホ一つで入店できる手軽さがとても良い。
もともとヒルクライマーとして「痩せていること」をよしとしていたけれど、先日観た井上尚弥の世界戦の映像に影響され、ふと「上半身を少し鍛えてみようかな」という気持ちが芽生えた。至って単純な動機ではあるが、マラソンにとって必ずしもプラスではなくとも、マイナスにならない程度に筋肉をつけていくモードになっている。
それから何より嬉しいのは、アンジーが14歳を迎え、元気に穏やかな日々を過ごしていること。年齢を重ねても変わらず寄り添ってくれる姿に、日々癒されている。
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| 奥2頭が異父兄弟15歳、手前4頭が兄妹14歳 |
10時過ぎに到着すると、すでに公園は花見客で大にぎわい。今年は特に外国人観光客が多い印象だ。快晴で気温も心地よく、これ以上ないお花見日和。そんな日に日本を訪れた彼らは、本当にラッキーだと思う。
人の多いエリアを避けて、公園の西口周辺を中心に軽くジョグ。そのまま帰路についたが、10kmを過ぎたあたりから中足骨に痛みが出始め、14kmで泣く泣く終了。少し落ち込む。
翌日はソールを変えて、再び代々木公園へ。同じコースを走ってみる。序盤にわずかな痛みはあったものの、15kmを気持ちよく走り切ることができた。母趾でしっかり体重を支える感覚があり、これがよかったのかもしれない。少しでも進歩を感じられるのはうれしい。
そして、アンジーも術後の回復は順調で、無事に抜糸も終わった。今は元気に散歩もこなしている。傷口を保護するために、synerzyのジャージを着せてお出かけ。歩く姿がなんとも愛らしくて、癒される。
理由は以前も書いたように、左足の中足骨骨頭痛と右足の足底腱膜炎がなかなか改善しなかったからだ。
休養のおかげで、足底腱膜炎の痛みは徐々に和らぎ、シコリは残っているものの、日常生活ではほぼ気にならないレベルになった。一方で、中足骨骨頭痛は走らなくても痛むことがあり、何らかの対策が必要だと感じている。
そこで、新しく見つけたスポーツコンディショニングの店でアドバイスをもらうことにした。
足指につながる筋肉を鍛えるエクササイズを取り入れながら、慎重にランニングを再開する方針だ。
まずは5kmからスタートし、足底腱膜炎の悪化がないか確認。
中足骨骨頭痛の方は、そもそも一定距離を走らないと痛みが出ないため、まだ本格的な判断はできない。ただ、10kmほどの距離なら問題なさそうだ。
とはいえ、急にランニングばかりに頼るのもリスクがある。そこで、心肺機能の維持はZWIFで補っている。最近は、ワトピアにある "Oh Hill No" という約3kmのヒルリピートコースをよく利用している。このコースは、まるで不動峠のリピート練習を思い出させるようで、自然と気持ちが入りやすい。
しばらくは、ランとZWIFTをうまく組み合わせながら、無理のない範囲でトレーニングを続けていきたい。
アンジーが先日体調を崩した際、次女の勤める動物病院に連れて行った。
診察の結果、娘が左前足の付け根にしこりを発見し、すぐに組織を生検に出した。検査の結果、腫瘍の可能性が高いとの診断が下り、手術をするかどうか判断しなければならなかった。高齢のため迷ったが、体力的には手術に耐えられそうであり、術後も歩行に支障は出ない見込みだった。さらに、娘も手術を受けさせたいという意向を示していたため、決断することにした。
現在の娘にはまだ手術を執刀する技術がないため、信頼できるベテランの先生にお願いした。腫瘍は3cmほどだったが、筋膜も切除したため、傷口は15cmに及んだ。
術後、食欲が低下するかもしれないと言われていたが、アンジーは予想に反してガツガツと食事をとった。また、すぐに歩き始めたことからも痛みに強いことがうかがえた。以前受けた前十字靭帯の手術時よりも、痛みは少なそうだった。
入院はせず、すぐに自宅へ連れて帰った。幸い、娘が診てくれるので安心だった。しかし、手術当日は痛みと興奮のためかほとんど眠れず、付き添っていた妻も一睡もできずに大変だったことだろう。朝方、ボクがアンジーを抱きかかえるとようやく眠りに落ち、そのまま膝の上で2時間ほど眠った。
翌日、病院で点滴を外してもらい、自力で歩けるようになった。3日後には普段通りの生活ができるようになったものの、まだ散歩は難しいため、カートに乗せて外へ連れ出した。
手術の決断は簡単ではなかったが、経過が順調で安心した。これからもアンジーが元気に過ごせるよう、しっかりと見守っていきたい。
ランに転向してから、自転車で外を走るのはおそらく2022年の11月以来。実に2年以上のブランクがあるため、ちゃんと真っ直ぐ走れるか不安でいっぱいだった。
自宅から横浜方面へ自走するのは少々怖かったので、Iさんと共に本牧まで車で移動。そこから産業道路を通って横須賀方面へ向かう。自転車のポジションはZWIFTで慣れ親しんだバイクと同じなので、全く違和感がない。3月初めにしては暖かく、夏用インナーに長袖ジャージでちょうど良い。風もなく、絶好のライド日和だった。
横須賀を過ぎると海が見えてきて、一気にテンションが上がる。やっぱりサイクリングは気持ち良い!と二人で話しながら、のんびりと走った。観音崎を過ぎると車の数も減り、昔から変わらない漁港の景色が広がる。その風景を眺めながらのライドは、言葉では言い尽くせないほどの心地よさだった。
そこから新規開拓ルートとして丘を登ることに。道の先には、キャベツや三浦大根の畑が広がり、これまた素晴らしい景色が広がっていた。自転車でここまで来たからこそ味わえる感動だと思う。
当初は鎌倉方面まで足を伸ばす予定だったが、車が多く混雑していそうだったため、湘南国際村を登り、横須賀方面へ抜けるルートで戻ることにした。114km,獲得高度1060mのライドを、サイクルコンピューターを使わず、ガーミンウォッチで計測。途中はデータを確認せず、感覚だけを頼りに、僕が先頭を固定して走った。
今回のライドを終えて、自転車をやめなくて本当に良かったと実感。遠くまで足を伸ばし、冒険気分を味わえるし、スピード感と操縦する楽しさは格別だ。ランとの出会いも貴重なものだし、これからは両方を欲張って頑張っていきたい。とはいえランは復帰の目処が全く立っていないのだけれど。
ガレージ内とはいえ、外気温が-15度近くになる環境のせいで冷えすぎているのかもしれないと思い、室内でしばらく温めてから再度試みた。しかし、それでもダメ。
困ったときの頼みの綱、久しぶりにH本君に連絡して対処法を尋ねた。いつもトラブルのときばかり質問して申し訳ない。
「バッテリーコードが外れていませんか?」
なるほど、その可能性は考えていなかった。早速シートポストを抜いて確認し、写真を撮って送ってみる。
「真ん中にもう一本ケーブルがあるはずですが。」
言われた通り中を探ってみると……あった!
慎重に接続し直して再度試すと、無事ランプが点灯。よかった。本当にありがとうございます。
とはいえ、まだ八ヶ岳で乗るには寒すぎる。まずは東京で外乗りしてみようか。久しぶりに外を走ることを想像すると、なんだかワクワクしてきた。ウェアもだいぶ処分してしまったし、新調するのもいいかもしれないな。
「2月9日にこの部屋からダイヤモンド富士が見られるのよ。楽しみだわ。」 母はそう言っていた。
その夕陽を眺めるために、家族と姉親子とともに母の家を訪れた。しかし、その母はもういない。1月2日、家族で母に会いに行き、みんなで楽しく話をしながら、夕陽を眺めたのが最後となった。その日の夜、母は突然旅立ってしまったのだ。あんなに元気だったのに。
悲しみに暮れている中、今度は妻の母が詐欺に遭ったことが発覚。ほぼ全財産を失ってしまったという。さらに、愛犬アンジーが原因不明の高熱に襲われ、震えが止まらなくなり、急いで病院へ。とりあえずステロイドで様子を見ているが、まだ安心はできない。1月は、あまりにも多くの出来事がありすぎた。
ランニングについても、1年半にわたり治らない左足の中足骨骨頭痛に加え、右足の足底腱膜炎が2ヶ月以上続き、歩くのも痛むほどになってしまった。さすがにこれでは続けられないと判断し、しばらくランニングから離れることにした。
そこで、久しぶりにZWIFTを再開。おそらく1年ぶりくらいだろうか。今年は春になったら、久々に実走しようと思っている。
歩く時につま先が外を向いてしまい、まるでペンギンのような歩き方になってしまう。もちろん走る時も同じようなフォームになり、見た目がカッコ悪いだけでなく、怪我の原因にもなっているのではないかと気になっていた。
犬の散歩をしながら、ショールームのガラス越しに映る自分の姿を確認するのが日課になった。歩き方をチェックしながら、「どうすればこの癖が直るのか」と毎日考えていたのだ。これを続けてもう1年以上になる。
特に意識したのは股関節から動かすこと。それを実践し続けてきた結果、最近ようやくつま先の向きがまともになってきた気がしている。
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| 今年初のフクロウ! |
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| Fiskars isocoreで太い丸太を半分に |
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| あとはFiskars X25でポンポン割っていく |
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| 次回はこれを全部やっつけたい |